失敗は成功のもと

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え?20年なの?ベルリンの壁崩壊の記憶

1989年11月9日
ドイツにとって、イヤ世界にとっても歴史的な日。

ベルリンの壁が崩壊(東西ドイツの国境が事実上無くなった)日だ。
ドイツにとってはこの日が第二次世界大戦の終戦日と言えるかもしれない。

いつもはヒヨコメインのブログだが、今日は旧東ドイツ出身の相方がメインです。

今朝、
「今日はベルリンの壁崩壊後20年だよ。」


と言うと、
「え?20年なの?」

と当の本人は知らなかったようです。

せっかくなので、当時ベルリンの壁が崩壊したときどんな気持ちだったかを聞いてみました。

「ニュースでベルリンの壁が崩壊したと聞いたときは、信じられなかった。
内心うれしかったが、もしかしたらすぐにまた元に戻るのではないかと不安がよぎった。
その日、仕事場に行ってもベルリンの壁が崩壊したことの話題もちきりで誰一人仕事にまったく手がつかなかったのを覚えている。」


と言っていました。

旧東ドイツでの生活は食料品以外の物が手に入れにくかった現実はあったものの、そこで生まれ育ったので不満はなかったそうです。

旧東ドイツに監禁というわけではなく、東欧にはビザなしで行けたし、旅行会社などで企画された団体旅行なら旧西ドイツにも旅行可能だったそうで、相方は旧東ドイツ時代に2度旧西ドイツに旅行したことがあるそうです。

ただ強制されていたのは、学校でのロシア語習得の義務。
相方の当時の通知票が出てきたので参考に

ddr091109.jpg

成績は、まぁ普通くらいだった感じですね。日本とは逆で1が一番良い。

赤字で日本語を入れましたが、ドイツ語の下にロシア語があります。
そして、下の方に選択授業として英語とフランス語があります。

ロシア語を強制的に習っていたと言っていたので旧東ドイツには至る所にロシア語が書いてあるのかと思いきやそんな形跡はまったくありませんでした。



戦前に生まれた義父達と違い、東西が分裂してから生まれて育った相方達にとっては西側に自由に行き来できるようになったことは素敵なことだ。
しかし、東西再統一されたことによるつけは小さくなかった。

旧西ドイツの国民も旧東ドイツ復興のためと増税されたのは言うまでもないが、旧東ドイツでは東西統一により、西側に吸収される形で統一したため旧東ドイツにあったたくさんの工場などが閉鎖され、そこで働いていた人たちの再就職先は保証されずに失業したのだ。

相方もその一人である。
現在の旧西ドイツでの仕事につくまでベルリンの崩壊から15年余り相方の人生は失業との戦いでした。

仕事が見つかっても、その会社がつぶれたり合併されたりと5カ所の仕事場を点々としました。
仕事に就いていた期間より失業していた時期の方が長かったそうです。
まだ相方のように失業したとしても、また新たな仕事先があると言うことは幸せなことです。

現在も旧東ドイツの失業率は、旧西ドイツの失業率の2倍と言われています。

統一による失業は、ドイツが東西再統一した時だけでなく。
東欧諸国がEUに加盟したときも起きているし、私たちの母国日本でも数年前に行われた市町村合併により失業&貧困が急増したのは言うまでもない。


日本でもベルリンの壁崩壊20年の特別番組などが放送されたようですが、ドイツでも各テレビ局が色々な角度からドキュメンタリーを組んでいました。

そしてベルリンでは、イギリス・フランスなどの首相やアメリカのクリントン大臣を招いて盛大な式典が行われている。(現在中継中)

現在のドイツの首相メルケル氏は、生まれはハンブルクだが旧東ドイツで育った。
式典の演説中、ちょっと感極まったところも見られたような気がしたがベルリンの壁崩壊後20年を迎えるにふさわしい首相だったかもしれません。

どんどん長くなりそうなので、もしお時間がありましたら日本で放映された番組をご覧下さい。
↓↓
証言でつづる現代史 ~こうしてベルリンの壁は崩壊した(前編)


証言でつづる現代史 ~こうしてベルリンの壁は崩壊した(後編)


相方が「え?20年なの?」と言ったのは、きっと旧東ドイツの失業の問題・賃金の格差の問題、それから今もある旧東ドイツの人間に対する差別意識の問題などたくさんあるのに年月だけが過ぎていると思ったのだろう。


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テーマ:ドイツ生活 - ジャンル:海外情報

  1. 2009/11/10(火) 05:31:15|
  2. ☆相方の話
  3. | コメント:8
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コメント

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  1. 2009/11/10(火) 10:23:02 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

壁崩壊の瞬間、日本のニュースで見ましたが、とても衝撃的だったのを覚えています。
なぜか、あの壁って自分が生きている間には壊れないような気がしていたので、突然のことに驚き、そして、画面から伝わってくる熱狂に感動した覚えがあります。

でも、急激すぎる変化のツケを全て払わされた東ドイツの人たちのその後がどんなに大変だったか、夏に日本に帰ったときにNHKスペシャルで見て知りました。
東ドイツ時代を懐かしむ人も多いそうですね。

でも、本来は「壁が壊れたこと」ではなくて「そもそも分断されたこと」を憎むべきはずなんですよね・・・。

せっかく乗り越えた「国の分断」という悲劇。一度できてしまった格差や差別意識はなかなか解決できないけれど、「見えない壁」が早くなくなっていきますように。

相方さんによる当時の感慨やその後の苦労、20年を前にした感想など、当事者の貴重な言葉を聞かせて頂きました。
  1. 2009/11/11(水) 00:49:34 |
  2. URL |
  3. dauphine #OARS9n6I
  4. [ 編集]

★鍵コメさん

いつもありがとうございます。
そうですね。私も20年前は中学生であれよあれよと共産国が崩壊していき、イランイラク戦争があったりとこのまま世界が無くなるのではないかと思った時期でした。

同じドイツでもベルリンや旧東ドイツに住んでいればもう少し違った目線からお伝えできるのかもしれません、また何か機会があればまた書き残していきたいと思います。

ヒヨコにはしっかりとドイツ、それに日本の戦争の歴史を勉強して欲しいと思っています。
また、将来ドイツがよりよい方向に進むことそれから世界がそういう方向に進むことを願っています。

これからもよろしくお願いします。
  1. 2009/11/11(水) 05:59:53 |
  2. URL |
  3. Morango #BWgGc7Fk
  4. [ 編集]

★dauphineさん

初めまして!

私もたぶん給食の時間か何かに先生がとても大事なことだからとTVをつけて見せてくれたのを覚えています。ワクワクと言うより、ゾクゾクとした感じでした。

私も昨日ブログに貼り付けた映像を見て、本当に1ヶ月の間にことが進み、予告もなしに突然と開かれたことを知り準備期間もなく大勢の人を受け入れなくてはならない西ドイツの人、社会(共産)主義から資本主義に180度生活が変わってしまうとまどいや不安ははかりしれません。

ただ、このベルリンの壁崩壊につながる行動が、政治家から出たのではなく市民(国民)からの声と行動で叶ったことがとても素晴らしいなと感じました。

資本主義はこうでなければいけないんだと、改めて感じました。

「見えない壁」
そうですね。元々は同じ一つの国であって、しかも同じ民族なのに。人によっては家族で分断されてしまったりもしていたのに。。。矛盾を感じることがあります。

2度と同じまちがいが起こることのない世界であって欲しいです。
  1. 2009/11/11(水) 06:22:47 |
  2. URL |
  3. Morango #BWgGc7Fk
  4. [ 編集]

あれれ、

コメント欄いつから開けていたのですか~?今日まで全然気がつきませんでした!私がミクシィを止めてからすっかりご無沙汰していたので嬉しいですー!家の旦那は12歳の時の話だったので、全く当時の実感はあらず・・で、Morangoさんの旦那さんのお話もとっても為になりました。

一応ロシア語は4~5年習ったみたいですが、こちらもアルファベットが読める程度みたいです。。(笑)
  1. 2009/11/11(水) 07:11:35 |
  2. URL |
  3. ゆきだま@ドレスデン #-
  4. [ 編集]

外国人である熊子にとっても、この20周年の日は非常に感慨深いものがありました。
東西再統一にあたっては、旧東から失業者をたくさん出してしまって
未だに失業率は西の倍以上という悲惨な状況ですが
それでも壁が崩壊したことは喜ばしいことだと個人的には思っています。
式典は、いつものただのお祭りとは全然違っていて
年配の人の中には目に涙を浮かべてる人がたくさんいました。
東西格差は日々の生活の中でよく感じるので
早く本当の意味で統一される日が来たら良いなと思います。
  1. 2009/11/11(水) 08:21:33 |
  2. URL |
  3. 熊子 #mQop/nM.
  4. [ 編集]

★ゆきだまさん

今まで気づいていなかったんですねー。一言メールに書けば良かったですね。えへ。

私たち同年代ですもんね。
でも、実感が無かったって言うのもすごいというかそれだけ一瞬の出来事だったってことでしょうね。

相方も、ロシア語はどんどん忘れていっているようで簡単な単語の意味しか分からないようですよ。
語学は時と共にどんどんどんどん忘れていってしまいますから。。。。悲しい現実だ~。

  1. 2009/11/12(木) 03:46:29 |
  2. URL |
  3. Morango #BWgGc7Fk
  4. [ 編集]

★熊子さん

式典お疲れ様でした。
白熊子さんになってしまうのではないかと心配していましたが、ずぶ濡れ熊子さんだったようですね。

私はドイツにいながらも旧西側に住んでいるので、相方が旧東ドイツの出身ではなかったらテレビのニュースを見ているだけでさーーーと見過ごしてしまっていたかもしれません。

熊子さんのようにベルリンや旧東ドイツに住んでいたらまた別の角度からドイツについてみることが出来たかもしれません。
でも、現実は同じドイツでも違うんだなぁ。と実感しました。
9日に会った人達は誰もベルリンの壁のことを話題にする人もいなかったし、相方の会社でもそうだったようです。
とても歴史的な出来事なのに、残念に思います。
式典の映像は途中しか見られませんでしたが、違う番組で1989年当時のBundestagでドイツ再統一が発表されたときに議員が自ら立ち上がり国家を歌い始めたとき、涙がこぼれました。

国が分裂したことのつけ、再統一したことのつけはあるけれども良いこともたくさんあってベルリンの壁崩壊20周年になったと思います。
熊子さんのおっしゃるように”本当の意味での統一”出来る日がいつか来ることを信じて頑張って欲しいです。
  1. 2009/11/12(木) 04:16:11 |
  2. URL |
  3. Morango #BWgGc7Fk
  4. [ 編集]

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