失敗は成功のもと

お国が変われば、いろいろ失敗多し、それを乗り越えドイツで日々生活中

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今日は、ドイツ統一記念日

今朝、相方に
「今日、買い物に行くからお金ちょうだい!」
と言うと

「今日は、休みだよ。」
と言われた。

う・・・・唐揚げ食べたかったのに。。。

そう言えば昨日相方が言ってたな。祝日だって。
我が家には、ドイツの祝日の書かれたカレンダーはない。
そして、相方はカレンダー通りに休みじゃなくて、6日働いて2日休みと言うシフト制なので、曜日と日にち以外関係ない生活なのだ。

でも何の日だろう?

「で、今日は何の祝日?」

「Tag der Deutschen Einheit」(ドイツ統一記念日)

「へぇーー、じゃ、あなたにとって大事な日じゃん!」

「そうだね~。でも今日は100%仕事しなきゃだね。」

と行って出かけた。

ドイツ統一記念日は1990年から設定されています。
第二次世界大戦後から約50年間分割されていた、東ドイツが西ドイツに吸収される形で今のドイツ連邦共和国が再統一されました。

1989年11月9日にいわゆるベルリンの壁が壊されその後は、急速にドイツ再統一への道が整っていきました。

私は、この時中学2年生で、ドイツが東ドイツと西ドイツに分かれていることは知っていましたが、ベルリンの中で東と西に別れその境界線が上下に延び、ドイツを2分しているのだと初めてドイツに来るまでそう思っていました。実際には、東ドイツの中にベルリンがあり、そのベルリンの中でも東ベルリンと西ベルリンが別れているのです。

この頃、私にとってドイツは遠いところにある国でしたから、何がどうなってどう変わっていくのかは余り興味がありませんでした。
しかし、この日をきっかけに旧ソ連の支配下にあった国々が次々と独立したり、年明けにはイラン・イラク戦争が始まり、学校の給食の時間も戦争のニュースが流されたりと、恐怖感と動揺をおぼえたほどです。

そんな私が、ドイツに来て、まさか旧東ドイツの人と結婚するなんて思ってもいませんでした。

旧東ドイツの生活は、初めてのドイツ滞在の時にビデオで見てなんとなく知っていましたが、実際にどうだったかなんてわかりません。

結婚式で旧東ドイツの相方の実家に行ったときにたくさんの旧東ドイツに触れることが出来ました。

例えば、私が日本語で家族の名前を書いてあげると、相方の妹が
「名前のスペルを教えて?」
と言うので教えるとロシア語で私の名前を書いてくれました。
しかも、相方に
「これであってるよね?」
と聞いているので
「学校で習ったの?」
と聞くと、旧東ドイツの外国語教育について話してくれました。

日本の小学校5年生に当たる学年から、ロシア語は必修科目。
中学2年生からは、選択科目で英語を習うそうです。

ですから、相方は話すことは出来ないそうですが、ロシア語を聞いたり見たりすれば今でも意味はわかるそうです。

物の購買は、品物が少なく、お店に列をなさないと物の購入は出来なかったそうです。
食料には困ることはなかったそうです。
再統一後の今では、たくさんのスーパーマーケットに物があふれるほどあります。
これは、再統一された良い点だと言っていました。

散歩中には、数個の工場跡地を見ました。
その一つに、砂糖精製工場があり、そこには学校の工場見学で中を見学したり、働いている人に質問したりしたそうです。
その時に相方は、どこの国にその砂糖を輸出しているのかを聞くと、輸出国の中に日本が入っていたことを今でも憶えているそうです。

私たちの今住んでいる地域では、住宅が足りないほどですが、相方の実家の辺りでは、「売り出し中」という看板のついた建物がたくさんあります。

再統一後に国は、たくさんの旧東ドイツにあった工場を閉鎖しました。先に書いた工場跡地もそれです。
その結果、旧東ドイツでは失業者が増え、職を求め大きな町へ出て行きました。
相方も、働いていた会社がドイツ再統一後に閉鎖させられてから、働く会社、会社が次々に閉鎖され、合計5年間の失業しました。
再統一前は、失業なんて考えたこともなかったそうで、このことが再統一後の最大の悪いことだと言っていました。

全てのことにおいて、良いこと悪いことがありますが、再統一によって離ればなれになっていた家族が自由に行き来が出来るようになった事はうれしいことだと思います。


  1. 2007/10/03(水) 20:23:00|
  2. ・ドイツ的?
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